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大阪地方裁判所堺支部 平成5年(ワ)954号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

1  被告水上嘉一郎は、別紙物件目録一ないし四記載の各土地上に建築した同目録五記載の建物の六階及び七階部分を撤去せよ。

2  被告らは、原告に対し、連帯して、金一三二〇万円及びこれに対する平成五年八月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1 当事者

(一) 原告は、住所地において産婦人科医院を営む医師であり、被告水上嘉一郎(以下「被告水上」という。)は、別紙物件目録一ないし四記載の各土地(以下総称して「本件土地」という。)及び同目録五記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有する者、被告株式会社建匠設計事務所(以下「被告建匠」という。)は、建築設計の請負等を業とする株式会社、被告株式会社米田工務店(以下「被告米田」という。)は、建築工事の請負等を業とする株式会社である。被告水上は、被告建匠に対して、本件建物の設計及び監理を、被告米田に対して、本件建物の建築をそれぞれ依頼した。

(二) 被告堺市は、建築基準法四条、六条により、同市長によって建築主事の任命を行い、建築主事は被告堺市の公権力の行使として建築主が提出する建築確認申請書の確認に関する事務を行う。

2 本件土地の形状及び用途地域

本件土地は、北西方向から南東方向にかけてを長辺とする長方形に近い形状をしており、その対角線はほぼ南北方向と東西方向にあたる。北西側と南東側は道路に面し、北側が原告所有土地と接している。本件土地は、都市計画法及び建築基準法上の用途地域としては近隣商業地域に指定されており、従前はサウナであったが、その後取り壊され、本件建物が建築されるまで駐車場として利用されていた。

3 本件建物の形状

本件建物は、鉄筋コンクリート七階建て塔屋付きの賃貸用共同住宅で、高さ二一・二五メートル(最大地上高二八・八〇メートル)、敷地面積七〇〇・一四平方メートル、うち建築面積は四五〇・六〇平方メートルであって、建ぺい率、容積率はいずれも建築基準法に適合している。原告土地側の敷地境界線と本件建物との距離は、最も近いエントランス部分で一メートル四四センチ、本件建物外壁の壁しんから測って二メートル二五センチである。

4 原告の土地建物

原告は、本件土地の北側に本件土地と長辺を接する土地(以下「原告土地」という。)を所有しており、その土地上に鉄筋コンクリート四階建建物(以下「原告建物」という。)を建築して所有している。

二  原告の主張

1 本件土地近隣の地域性

本件土地の位置する堺市南旅篭町近辺は、旧来からの商店街で、かつては映画館なども建ち並び繁華街を形成していたが、昭和三〇年頃から南海高野線堺東駅周辺が銀座通りとして整備されるにつれ、商業地域としては衰退を始め、昭和五〇年代から六〇年代にかけては廃業する商店も多くなった。現在では旧来の繁華街の面影は全くなく、むしろ低層住宅が主流となっており、残存する商店も二階建てのものがほとんどで、昼間でも人通りもまばらな閑静な地域である。したがって、本件土地周辺は、近隣商業地域に指定されてはいるが、右用途地域指定と実際の状況には大きな乖離が生じている状況である。

2 日照侵害

本件建物の建築により、原告建物の南面開口部に及ぼす日照侵害の程度は、冬至の時点において、午前八時から午後四時までの時間帯で以下のとおりであり、地盤面から四メートルの高さにおいて日影が生じる時間は五時間を超える。また、原告が実測したところでは、原告土地との敷地境界線と本件建物との距離は建築確認申請図記載のものよりも短く(すなわち、現実の施行は設計図面よりも本件建物を北側に寄せて建築している。)、日照侵害の程度は日影図上のものよりも重大である。

(一) 一階部分

午前一〇時半に一階開口部の従業員室に日影が生じ、午後三時半まで日影が続く。

(二) 二階部分

午前一〇時一五分より西端の分娩室兼手術室に日影が生じ、午前一〇時三〇分には西端から三番目までの開口部及び東側から三番目の個室病室にあたる四番目の開口部の約半分に日影が生じ、午前一一時には全ての二階の開口部に日影が生じる。午後三時三〇分に西端の部屋の開口部の約半分に日照を得るが、その余の部屋の開口部には日影が続く。

(三) 三階部分

午前一〇時三〇分に西端及び西端から二番目の開口部に日影が生じ、午前一一時には全ての開口部に日影が生じ、午後四時に西端の開口部の約三分の一に日照を得るものの、その余の開口部には日影が続く。

3 日影規制

建築基準法五六条の二は、各地方公共団体の条例により、近隣商業区域等の対象区域ごとに同法別表第四記載のとおりの日影規制を指定するものと規定している。この点、被告堺市においては、近隣商業地域について条例による指定を行わないかわりに堺市日照等指導要綱(以下「要綱」という。)を定め、高さ一五メートルを超える建築物または地階を除く階数が六階以上の建築物を同要綱の適用対象とし(二条)、建築主は敷地境界線から一〇メートル以内の範囲において、敷地の地盤面から四メートルの高さで五時間以上の日影を生じさせないようにしなければならず、もし、これを超える日影を生じさせる場合には関係者の同意を得なければならない(三条)と規定している。

本件建物は高さ二一・二五メートルの七階建建物であり、要綱の適用対象物件である。

4 交渉経過

(一) 被告水上は、平成四年九月頃、原告宅を訪ね、本件建物建築についての同意書に判を押すように迫った。これに対して原告が、日照障害、電波障害、風害等の回復し難い損害の発生を理由として拒否したところ、被告水上は「同意書がなくても許可はおりるんだ。」と原告に述べるなど、誠意のみられない態度であった。その後、被告水上側から原告土地の買収の申入れがあったが、被告水上側に一方的に有利な条件であったため、原告はこれを拒否した。

(二) 平成五年一月二九日、被告水上は、原告の同意なく、何らの補償に対する誠意も示さぬまま、本件建物の建築確認を得て着工した。同年五月半ば頃より六月半ばにかけて、被告水上は、原告もしくは原告代理人に対して、「日照について補償はしなくてよいと思っているし、今までしたこともない。」、「原告が同意書を書いてくれなかったので一か月以上工事が遅れ、迷惑を受けた。騒音料、工事迷惑料くらいならと考えたこともあったが、同意書を書いてくれず、今はそれも払う気がない。」などと答え、交渉を行う意思がないことを明らかにした。そこで、原告は同年五月二六日付け内容証明郵便で、被告水上に対して、建物の設計変更、補償等を含めた話合いが成立するまで建築工事を一時中止するように申し入れたが、被告水上は右申入れを無視して工事を続行したため、原告は同年六月一六日、本件建物の六階及び七階部分の建築工事禁止の仮処分を申し立てた。しかし、被告水上は、右申立後も建築を続行し、三回目の審尋が予定された同年七月二〇日までに七階部分のコンクリート注入を終えてしまったので、原告は右仮処分申立てを取り下げた。

5 建物一部撤去請求

原告は住所地に土地建物を所有しているが、本件建物の建築により良好な日照を享受する権利を奪われ、右の侵害は受忍限度を超えるものである。したがって、原告は、本件建物の所有者である被告水上に対し、土地建物の所有権に基づく妨害排除請求権としての建物一部撤去を求める。本件建物の六、七階部分及び塔屋を撤去すると、原告建物の南側開口部の二階及び三階部分について日影は五時間以内となり、日照は著しく改善される。他方、一部撤去に要する費用は右の原告の利益と比較すれば軽微である。

6 被告らの責任原因

(一) 被告水上、同建匠、同米田

被告水上は、本件建物の施主及び所有者として、本件建物の六階及び七階部分を撤去する義務を負うとともに、本件建物により生じた日照被害及び本件建物建築中の騒音被害について不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

被告建匠は、本件建物の設計者として、また、被告米田は、本件建物の実際の建築者として、それぞれ被告水上と連帯して不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

(二) 被告堺市

建築主事は、施主を指導して近隣住民に日照等の被害が生じないようにする義務がある。また、堺市長は、建築基準法及び要綱に従い、建築主事及び被告堺市の事務分掌規則上右要綱に関する決裁権限を与えられた開発調整部長を指揮することにより、近隣住民に日照被害が生じないようにしなければならない。本件において、公権力の行使として、建築主事及び開発調整部長は、被告水上らを適正に指導して、原告への侵害行為が生じないようにすべき義務があったのに、右指導を怠り、原告の日照被害が軽減化する具体的方策を講じる義務を怠った過失があり、被告境市の代表者である市長は、右建築主事及び開発調整部長に対する指揮監督を怠った過失があるから、これにより生じた原告の損害について、被告堺市は、国家賠償法一条一項に基づき、被告水上、同建匠及び同米田と連帯して原告に対して損害賠償責任を負う。

7 損害

(一) 日照権侵害による慰藉料及び産婦人科医院営業上の損害 五〇〇万円

原告は、現在七〇歳を越える高齢者であり、特に良好な日照を享受する必要があるところ、本件建物の建築により、右の日照を享受する権利を侵害された。

また、入院施設を有する産婦人科医院は入院患者が入院中、十分な日照と通風を享受し、快適な環境で入院生活を過ごせるようにする義務(医療法二〇条、二三条)があり、これを受けて建築基準法は、病院、診療所、助産所にについて採光に有効な部分の面積の床面積に対する割合を七分の一以上にしなければならないと規定している(同法二八、同法施行令一九条)ところ、原告が経営する産婦人科医院は十分な日照を享受し得なくなったことにより入院患者の受入れを見合わせるなど営業上の損害を被った。

右の日照権侵害に対する慰藉料及び右の営業上の損害は五〇〇万円を下らない。

(二) 原告土地価額の下落 五〇〇万円

原告建物は、本件建物の建築により、日照、眺望、通風等の環境条件を害され、これに伴い、原告土地の交換価値は著しく下落した。右の土地価額下落分相当額の損害は五〇〇万円を下らない。

(三) 工事中の騒音に対する慰藉料 二〇〇万円

本件建物の建設中、午前八時から午後六時までの間は生コンクリート打設、午後四時から午後七時まではコンクリート押えが行われ、コンクリート注入音などの騒音が継続した。また、右の工事期間中、車両乗入れ禁止の時間帯であるにもかかわらず、コンクリートミキサー車などの大型車両が頻繁に出入りし、騒音が継続した。右の騒音により原告が被った苦痛に対する慰藉料はそれぞれ一〇〇万円を下らない。

(四) 弁護士費用 一二〇万円

原告は、弁護士に委任して本件訴訟提起により被告らの違法な侵害行為に対する損害賠償請求を行わざるを得なかった。右の弁護士費用は損害額一二〇〇万円の一割である一二〇万円が相当である。

二  被告水上、同建匠及び同米田の主張

1 建物一部撤去請求について(被告水上)

現在完成している建物の六、七階部分を撤去することは、技術的には可能であったとしても、回復される日照の程度に比して、これに要する費用はきわめて高額となることが予想される。

2 要綱及び行政指導の遵守

(一) 原告との交渉経過について

被告水上、同建匠及び同米田は、本件工事の着工以前から設計図等を示して、本件建物の建築概要、日照等への影響を原告に説明しており、原告は本件建物建築による影響を十分理解していた。これに対する原告の態度は本件建物建築について反対し、あるいは設計変更を求めるというものではなく、原告所有土地の売却を含めた金銭的解決を求めるというものであった。そして、原告から建築工事中止の申入れがなされたのは、本件建物の四階部分にコンクリートが注入された平成五年五月二六日になってからであり、その時点においても原告は金銭的解決を求めるという姿勢にかわりはなかった。本件建物建築中止の申入れは、原告がより高額の補償を得ようとする目的でなされたものに過ぎず、工事遅延に伴う損害が嵩むことを考慮すると到底受け入れられるものではなかった。

(二) 建築確認申請に先立ち、被告水上が、原告の同意が得られなかったことを被告堺市担当者に説明したところ、関係書類については、堺市日照等指導要綱第六条が求めているものは「同意等」であり、必ずしも同意でなければならないというものではなく、「誠意をもった交渉を行っているにもかかわらず、どうしても同意がもらえないということであれば、同意書にかえて、その交渉経過の分かる交渉経過書を提出してもらえばそれで判断する。」との指導を受けたため、それに従い、原告の分については同意書にかわる経過書を提出したものである。

また、被告らは、原告方に対する日照影響をできるだけ少なくするため、建築設計段階において、当初本件建物南側に予定していたエントランス部分を北側に寄せ、原告の土地と本件建物の距離を広げるように設計変更するなどの努力をした。

3 受忍限度

本件建物は、近隣商業地域に位置し、南海阪堺線御陵前駅西側約二〇〇メートルに位置し、六メートル道路に面する中高層マンションの建築に適した便利な立地条件にあり、高度利用の要請の強い土地である。原告の被る日照被害は、受忍限度の範囲内のものであるから、本件建物の一部撤去義務及び損害賠償義務は生じない。

また、原告の経営する産婦人科医院は開業しているとはいえ、実際には入院患者もおらず、当時においても通院の患者が僅かに存したに過ぎず、これも漸減していた。したがって、原告の主張する産婦人科医院としての特質は誇張されたものに過ぎない。

三  被告堺市の主張

1 要綱三条では「日影を受ける範囲の関係者の同意を得る等紛争の生じないようにした場合は、この限りでない。」旨規定されており、関係者の同意のみが要件となるものではない。

被告堺市は、原告と被告水上との交渉経過の報告を受け、その結果、当事者間で十分な交渉が行われたにもかかわらず、同意が得られないことが窺われたため、既に要綱の趣旨は全うされたものと判断し、後は当事者間の交渉に委ねることとして、被告水上から今後も誠意をもって交渉にあたる旨の誓約書を提出させた上で建築確認をなしたものであり、原告の主張するような義務違反は存しない。なお、建築主事は、建築物の建築等に関する申請及び確認事務をつかさどっており、建築基準法所定の権限を有するが、原告主張の日照についてはその権限外である。

2 また、要綱は、条例とは異なり法的拘束力がないため、右のように行政指導を尽くした後に建築主が建築基準法の基準に則り、建築を主張した場合にはこれを禁止する方策は存しないのであり、いずれにせよ、当事者間の交渉に委ねられるべき問題であって、被告堺市に義務違反は存しない。

四  争点

1 本件建物によって原告方に生じる日影及び本件建物建築工事中の騒音は受忍限度を超えるものか。

2 原告の損害額

五  証拠《略》

第三  争点に対する判断

一  本件建物による日照影響について

1 原告は、本件建物による日照阻害等により損害を被ったとして所有権、人格権に基づく建物の一部撤去及び不法行為に基づく損害賠償を求めている。

そこで、検討するに、およそ居住のための土地、建物については、十分な日照等快適な生活条件を確保することも所有権の重要な内容の一つであり、人格権の一内容として右の土地建物に居住生活する者は、健康で快適な生活環境を確保する権利を有するものというべきである。したがって、居住のための土地、建物所有者は日照等の生活環境等に対する違法な侵害行為により被った損害について不法行為に基づき損害賠償を求めることができるのはもちろんのこと、所有権または人格権に基づきその排除を求めることができるものというべきである。

しかしながら、隣地に建物が建てられることによって生じる日照阻害等の侵害は、人が互いに土地を利用して社会生活を営む以上、不可避的に発生するものである。したがって、相隣者間において円満な社会生活を継続していくためには、土地利用の過程で不可避的に生じる一定程度の法益侵害を相互に受忍していくことが必要であり、そのような社会的受忍の限度を超えた侵害のみが違法なものとして作為請求や損害賠償請求をなし得る対象となるものと解するのが相当である(最判昭和四七年六月二七日民集二六巻五号一〇六七頁参照)。

そして、受忍限度を超える侵害であるかどうかを判定するについては、右の趣旨に鑑み、日影規制違反など公法規制違反の有無、日照阻害の程度、地域性、交渉経過等の事情を総合的に考慮して判断すべきである。

2 そこで、まず本件建物建築についての公法規制違反等の有無について検討する。

建築基準法五六条の二は、各地方公共団体の条例により、近隣商業区域等の対象区域ごとに同法別表第四記載のとおりの日影規制を指定するものと規定している。しかし、被告堺市においては、近隣商業地域については条例による指定を行わないかわりに要綱を定め、高さ一五メートルを超える建築物または地階を除く階数が六階以上の建築物を同要綱の適用対象とし(二条)、冬至日の真太陽時による午前八時から午後四時までの間に、敷地境界線から一〇メートル以内の範囲で、地盤面から四メートルの高さにおいて、五時間以上の日影を生じさせないようにしなければならず、ただし、関係者から同意を得る等紛争の生じないようにした場合は、この限りでない(三条二項)として、行政指導により日照等に関する規制を行っていることが認められる。

そして、右要綱は、厳密には法規範性を有しないものの、行政の見地から用途地域ごとに日照権確保の基準を設け、当該地域内の土地利用者とこれによって生ずる日影被害を受ける地域住民との利害を調整し、市街地の発展を図るために制定されたものであって、ある意味では、地域性を考慮した上で、用途地域ごとに一定程度の日影被害を受忍すべき範囲を定めたものとして、建築確認事務に際して遵守されるべき基準として従前より一定の拘束力を発揮してきたことも認められる。したがって、当該建物が右規制に違反するかどうかという点は、日影被害の違法性判断にあたって一つの重要な判断基準となるというべきである。

3 本件建物が要綱の適用対象物件であること、本件建物の建築により原告土地に要綱三条二項に定める日影が生じること、本件建物建築に際して、北側隣地所有者である原告の同意は得られなかったことの各事実は当事者間に争いがない。

そこで、要綱三条二項の「同意を得る等」の規制に違反しているか否かについて検討する。

証人宮田幸永によると、要綱三条二項が関係者の「同意」を要件とせず、「同意を得る等」という表現が用いられているのは、昭和四九年制定時の従前の要綱では同意を要件としていたが、同意のみを要件とすると、高度利用の要請が高い土地等にあっても、同意が得られないために開発が困難となったり、紛争を助長するなどの弊害が多くなったため、関係者に必ずしも同意が得られなくても開発行為のなされることを知らしめ、同意を得るべく努力がなされたと判断された場合には、要綱による行政指導の目的は達したものとするという趣旨であると認められる。

そこで、原告と被告水上らとの間で要綱三条二項の趣旨に則した交渉が尽くされたと言えるかについて更に検討する。

《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができ、これに覆すに足りる証拠はない。

(一) 平成四年九月一日、被告建匠の代表者奥井は、被告米田の従業員とともに、設計図書、日影図を持参して、原告方に赴き、本件建物の建築計画概要、本件建物により原告方へ五時間以上の日影が生じること、要綱により建築に際しては原告の同意が必要である旨説明した。その際の原告の態度は、建築基準法等の法規に適合した建物であれば反対しても仕方ないが、同意書には判は押せないということであった。また、原告が入、通院患者も減少しており、原告自身、老齢ということもあって医院経営に意欲を失った趣旨の発言をして、いっそのこと原告土地を買収して欲しいとの意向を示したため、同月七日、今度は被告水上も伴って二度目の訪問をし、土地買収の価額交渉を行ったが、結局、原告の要求額が高く、建物価額をどう評価するかでも折り合いがつかなかったため、同年一一月一三日の時点で買収交渉を断念し、金銭補償の話を進めることとした。具体的な補償額については、原告から近所の事例で車三台の補償が出たので考えて欲しいという話がなされた。

(二) この時点で被告建匠の奥井が被告堺市の担当者に相談に行ったところ、交渉経過の提出を求められ、爾後の紛争については被告水上、同建匠、同米田が責任をもって対処する旨の誓約書を提出した後、平成五年一月二九日に建築確認がなされた。

(三) 一方、金銭補償と並行して、平成五年一月一二日、被告建匠の奥井が、原告の土地を賃借して本件建物を増築するという計画を提案したが、同年四月一三日、結局、原告の長男の反対を受け実現しなかった。金銭補償については、原告代理人と話を進めたところ、原告側は三〇〇万円を要求し、被告水上側は具体的な金額提示はしなかったものの、一〇〇万円程度を考えていたため、結局、金銭補償についても折り合いはつかなかった。

右認定事実によれば、被告水上らは、本件建物建築工事着工前に、本件建物により原告方に日照被害が生じることを予め説明した上、隣接土地所有者相互の土地利用関係についての軋轢をを円満に解決すべく、原告土地の買収あるいは賃借について具体的プランを示し、日照被害に対する金銭補償等を含め相応の努力をしたものの、結局、妥協点を見いだせなかったことが認められる。

してみると、金銭補償については具体的な金額の提示を行っていないなど、補償に対して積極的な姿勢を示したとは言い難い面があることを考慮しても、要綱の趣旨に従って、紛争が生じないようにする努力を講じたものと認めるのが相当である。

したがって、本件建物建築に際して被告水上、同建匠及び同米田に要綱三条二項にいう「関係者の同意を得る等」の規制に対する違反があったとまでは認め難い。

4 そこで、次に、地域性、居住関係、日照阻害の程度等を考慮した上で、本件建物による日照阻害が受忍限度を超えるものかどうかについて検討する。

本件建物は、近隣商業地域に位置し、南海阪堺線御陵前駅西側約二〇〇メートルに位置し(争いがない)、六メートル道路に面する中高層マンションの建築に適した便利な立地条件にあり、高度利用の要請の強い土地である。丙一三号証の日影図によれば、本件建物の敷地境界線から五メートル以上一〇メートル以内の地点で、冬至日の真太陽時に、五時間以上日影を生じるのは原告土地の約二四・二平方メートルで、全敷地のおよそ八・五パーセント程度に過ぎないこと(なお、原告提出の日影図は、実際の本件建物の外寸より南北方向で約七三センチメートル、東西方向で約六〇センチメートルほど南北に大きく記載されており、実際より日影部分が大きくなることが認められるので採用できない。)、原告建物は、建物南側部分を南側土地に接着して建築しており、いずれ日影による制約を受けることが当然予想し得るものである。被告水上らは、初期の設計段階では、本件建物のエントランス部分を駅に近い建物南側に設置する予定であったが、原告方への日照を考慮して設計変更し、建物北側に設置することとした。原告は、産婦人科医院としての日照の必要性についても主張するが、前認定のとおり、原告は、交渉の過程で原告医院は入、通院患者も減少しており、原告自身、老齢ということもあって医院経営に意欲を失ったと述べていること、原告本人の供述によっても、本件以前より入、通院患者の数は少なかったことが窺われ、産婦人科医院としての特殊性を過大に主張していると認められる。

以上の事実に加えて、前記のとおり、被告水上らに、要綱を遵守して日影に関する紛争が生じないようにそれなりの努力をしたことが窺われることなどの点を総合してみると、本件建物による日照阻害の程度は、原告に対する関係で、受忍限度を超える違法なものとは到底認め難いというべきであり、したがって、日照侵害を前提とする原告の本件建物一部撤去請求及び損害賠償請求は、その余の点について検討するまでもなく、いずれも理由がない。

二  本件建物建築に伴う騒音被害について

原告は、本件建物建築工事の際に生じた騒音被害についても不法行為に基づく損害賠償を求めているので検討する。

社会生活を送る上では、程度の差こそはあれ騒音を発生することは避けられないところであるから、騒音の発生により近隣に迷惑を及ぼす行為のすべてが違法と評価されるものではなく、騒音の原因、程度、その継続性、地域性、回復軽減の可能性及びその努力の程度等を総合考慮して、右騒音が社会生活上一般に受忍されるべき範囲を超えるものである場合に、初めて、これを生じさせる行為が違法となると解するのが相当である。

これを本件についてみると、本件建物建築中の騒音の程度については原告本人が供述するのみで、全くその裏付けを欠いており、これを認めるに足りる証拠はない。

よって、本件建物の建築に伴う騒音によって原告が被害を被ったこと自体これを認めることができず、したがって、これを前提とする原告の被告水上らに対する本件請求も理由がない。

三  被告堺市の責任について

1 原告は、被告堺市の建築主事ないし開発調整部長が原告方への日照被害の程度を軽減させるような措置を講じるべきであるのにこれを怠ったと主張する。

しかし、建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途について最低の基準を定め、人の生命や健康あるいは財産を守ることにより公共の福祉増進を図ることを目的としており、これを担保するために、建築主が建築する前にあらかじめその計画が法令等に適合する旨を建築主事に申請して、確認を受ける建築確認制度が設けられている。したがって、建築基準法上、建築主事によって審査されるべき事項は、建築物の法規適合性の有無である。そして、建築確認に向けて建築主事ないし開発調整部長によってなされる行政指導も、専ら法規適合性の有無の観点からなされるものであって、当該建築物が法規に適合する建築物である限り、原告が主張するがごとく、日照阻害の程度をより軽減するように設計変更を求めるなど、建築物の設計内容にまで立ち入って審査をなすべき義務を建築基準法上負うものではなく、また、そのような権限を有するものでないことも明らかである。

2 また、原告は、建築主事ないし開発調整部長が、要綱に基づく行政指導を怠ったと主張する。

確かに、要綱は、日照等の紛争を事前に防止し、または解決し、もって良好な環境の保全を図ることを目的とし、右目的達成のため、被告堺市としては、必要な行政指導を行い(要綱七条)、要綱に従わない建築主等に対しては行政上必要な措置を講ずるとともに建築について協力を行わないことがある(同九条)と規定されている。そして、要綱の遵守事項の審査については、被告堺市の事務分掌規則上、開発指導課指導第一係が分掌し、開発調整部長の決裁を経た後、最終的に建築主事の確認を得ることとされている。

しかし、前記認定のとおり、被告堺市の担当者は、被告水上らが要綱を遵守していることを確認し、今後の紛争については被告水上らが責任をもって対処する旨の誓約書を徴する(要綱八条)などしており、本件建物建築に際しての要綱に則した行政上の指導監督義務を尽くしたものと認められる。

したがって、建築主事らが要綱に基づく行政指導を怠ったとは認められない。

3 よってその余の点について判断するまでもなく、原告の被告堺市に対する請求も理由がない。

四  まとめ

以上のとおり、原告の本件請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷種臣 裁判官 中村隆次 裁判官 八代英輝)

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